最上級の味わいを誇る
ウェールズ・アングルシー島のブルーロブスター
皆さんは「ブルーロブスター」をご存知でしょうか。
一般的には、ロブスターというと赤い殻のものが有名ですが、あれはアメリカン・ロブスターと呼ばれる種類です。一方「ブルーロブスター」とはヨーロッパ・ロブスターという種類のもので、青みがかった殻をもつことが特徴です。
ブルーロブスターは見た目もさることながら、その味でも多くの人を虜にしています。ロブスターには北米原産の品種もありますが、ヨーロッパのブルーロブスターは肉質が繊細でうま味が濃く、ジューシーと評価されています。
ブルーロブスターはイギリス周辺をはじめ、大西洋の東部海域に多く生息しています。品質のよいロブスターの産地はいくつかありますが、特に名高いのが、イギリス連合王国の構成国であるウェールズ。ヨーロッパの美食家達にとって、ウェールズ産のブルーロブスターといえば、その美味しさが約束された最上級のものという認識です。
なかでもウェールズ北部に位置するアングルシー島周辺の海域はすばらしいブルーロブスターが獲れることで有名です。そのアングルシー島ではロブスター漁の伝統的文化を守るために、海の資源量が急激に減ることのないよう様々な工夫や配慮が採られています。
現在、日本では天然魚介類の資源量減少が大きな問題となっていますが、アングルシーのロブスターは、まさに日本が見習うべき「サステナブル・シーフード」の一つと言えます。そこで、今回はアングルシー島で70年以上にわたりロブスターの販売を手がけ、日本への輸出も行っているロブスターポット社のジュリー・ヒルさんに、アングルシー島のブルーロブスターについてお話を伺いました。
伝統産業と漁師を守る
ロブスターポットの取り組み
ジュリーさん、今日はよろしくお願いします。まずは、ロブスターポット社の成り立ちなどについて教えてください。
ジュリーさん ロブスターポットは、私の祖父が立ち上げた会社です。もともと祖父はロンドンでエンジニアとして働いていたのですが、アングルシー島に別荘を持っており、そこで釣りをしたり、ロブスターを獲ったりすることを趣味としていました。
そのうち、彼はアングルシー島の別荘を拠点にして、大好きなロブスター漁をしながら生活したいと考えるようになります。そして、1946年にはアングルシー島へ本格的に移住し、ロブスターポットを立ち上げました。
お祖父様の第二の仕事人生として始まったのがロブスターポットだったのですね。最初の頃はどのような事業をされていたのでしょう?
ジュリーさん 祖父母夫妻はアングルシー島でゲストハウスもオープンさせたので、最初の頃は祖父が獲ったロブスターを、毎晩6~7人のゲストハウスの宿泊客に提供していたそうです。ただ、次第に祖父ひとりではロブスターを獲ることが難しくなり、地元の漁師さんからもロブスターを買い取るようになったと聞いています。
祖父は漁師との信頼関係をとても大切にしていたので、年間を通じて安定的にロブスターを買い取り続けました。しかし、冬の期間などはゲストハウスの宿泊客が減るので、ロブスターが余ってしまいます。そこで、彼はアングルシー島から80kmほど離れたホテルにロブスターを売るようになりました。その後、ロブスター販売を本格的に手がけるきっかけはこの時に生まれました。
ロブスターポットは現在、アングルシーで水揚げされたロブスターを日本などの世界各地に販売されていますが、そのきっかけは漁師の方々への配慮にあったのですね。
ジュリーさん 我々自身もすでに3代続く会社ですが、漁師の皆さんも数世代にわたって我々と取引をしてくれています。今でも、ロブスターの買い取り価格などについては、今年で76歳になる私の母がウェールズ語で漁師とコミュニケーションをとっています。
我々は安定した価格によるロブスター買い取りを通年で保証しています。そのため、毎年8月の世界的にロブスターの供給量が多くなる時期は、他の産地に比べてお客様への販売価格が高くなってしまいます。それでも、我々は漁師の皆さんとの信頼関係を大切にしているため、この方針を貫いています。
また、漁師の皆さんとの関係性という意味では、ロブスターをなるべくベストな状態でお客様のもとに届けることも大切です。なぜなら、我々は漁師の方が丁寧に獲ったロブスターを預かり、お客様に届ける立場だからです。ですから、我が社ではロブスターを輸出する際にも、冷凍はせずに、必ず生きた状態でお届けしています。空輸にも対応しており、日本でも「生のブルーロブスター」をお楽しみいただけますよ。
業界から政府へ規制強化を要請
地域の伝統産業を守るために、漁師の皆さんに安定した取引を保証することは非常に大切なことだと思います。一方で、ロブスターは天然資源ですから、資源量への配慮はより重要な問題かと思います。こちらについても取り組みを教えてください。
ジュリーさん 私たちは数世代にわたりロブスターを扱い続けているので、次の世代に海の資源をどう残すべきかということは常に考えています。そこで自分たち自身で保護の取り組みを進めると同時に、政府当局に対してもロブスター保護の規制を強めるよう働きかけています。
我々のロビー活動の成果の代表例が、ロブスターの最低漁獲サイズに関するルール変更です。ロブスターは尾の部分が可食部になりますが、頭から尾に変わる境界までの長さが短いものは未熟な個体であるため、漁獲が制限されています。
EUでは、頭から尾に変わる部分までの長さが87mm未満の個体は漁獲してはいけないとされていますが、イギリスではこれが90mm未満とされ、より厳しいルールとなっています。これはロブスター業界が政府に変更を働きかけた結果です。
普通だと業界は規制緩和を求めそうなものですが、資源を守るためにあえて規制の強化を要請したのですね。
ジュリーさん その通りです。こうしたロビー活動に加えて、自社独自の取り組みも進めています。
例えば、我が社では資源保護のために、卵をもっている(抱卵している)メスのロブスターは買い取らない方針を採っています。その結果、アングルシーの漁師たちは抱卵している個体をなるべく獲らないよう細心の注意を払っています。
アングルシーでは、もし抱卵しているロブスターを水揚げした場合、その個体の尾の先端にvの字の切れ込みを入れて、海へ戻します。こうすることで、vの字が目印となって、他の漁師が誤って抱卵している個体を獲ってしまうことを防いでいるのです。
ただ、ごく稀ですが、我々が漁師から仕入れたロブスターのなかに、抱卵しているものが混じっていることもあります。その時は、その個体はお客様には売らず、ロブスターの孵化プロジェクトを行なっている地元の水族館に寄付しています。今後はこの孵化プロジェクトを発展させて、ロブスターの繁殖事業も行いたいと考えており、そのための財政支援を現在政府に働きかけているところです。
漁師の皆さんと長年にわたり信頼関係を築きつつ、資源保護にも率先して取り組むことで地域の伝統産業を守るロブスターポットには、多くの課題に直面している日本の水産業が学ぶべき点が多くあると言えるでしょう。サステナブル・シーフードといえるアングルシー島のブルーロブスターは日本でも楽しむことができます。ブルーロブスターを味わいながら、持続可能な水産業のあり方を考えてみるのはいかがでしょうか。