カロン・ウェンの乳製品をご存知ですか?
グレートブリテン島の南西に位置し、西以外の三方を海に囲まれたウェールズは、湿潤な気候と、国土の大半を山地が占める地形が特徴です。こうした気候と地形の特性から、ウェールズは畑作農業には適さない地域とされています。一方、年間を通じてたくさんの雨が降るウェールズの土地は豊かな牧草で覆われており、この草地資源をいかして、乳牛をはじめ多くの家畜が飼育されています。そして、この豊かな環境で育った動物たちからは、ウェールズならではの高品質な畜産物がもたらされるのです。
そんなウェールズの畜産物のなかでも、今回は乳製品にクローズアップしてみましょう。ウェールズには多くの酪農家がいますが、なかでも、そこから生み出される乳製品の品質で高い評価を受けているのが、ウェールズの酪農家組合「カロン・ウェン(CALON WEN)」です。現在、カロン・ウェンのチーズやバターは、日本でも一部の百貨店や高級スーパーで取り扱われており、もしかすると口にされた経験のある方もいらっしゃるかもしれません。カロン・ウェンのチーズ製品はオーソドックスなチェダーチーズメローと、チェダーをさらに熟成させたエクストラマチュア、そしてオレンジ色が食欲をそそるレッドレスターの3種が販売されています。食べたことがある方はご存じでしょうが、カロン・ウェンのチーズの特徴はその深みのある味わいと豊かなうま味、そして心地よい香りです。バターにはグラスフェッドバターと、オーガニックの菜種油を配合したスプレタブルバターがありますが、その香りのよい味わいが高く評価されています。
今回は、カロン・ウェンの創設者の1人でもあるダイ・マイルズさんに、カロン・ウェンの高品質な乳製品がうまれる背景を伺いました。
ウェールズならではの有機酪農とは何か
カロン・ウェンは酪農家組合ということですが、どのようなきっかけで誕生したものなのでしょうか?
ダイさん カロン・ウェンは1998年に、ウェールズで有機酪農に取り組む4軒の農家が集まって誕生した組合です。イギリスでは第二次世界大戦後、生産性や効率性を重視した農業が推進されてきました。しかし、土壌や動物、そして何よりも、我々が日々口にする食べ物の健全さを考えれば、化学肥料や農薬に依存しないオーガニックに取り組むことが適切です。
この信念のもと、我々はただ単に牛から牛乳を絞るだけではなく、より多くの人たちに有機酪農の大切さを広めるために、チーズやバターなどの乳製品の加工・販売も自分たち自身で行うことを決めました。創設当初4軒だった参加農家も今では25軒に増え、英国内のスーパーマーケットはもちろん、日本をはじめとした海外への輸出にも力を入れています。
有機酪農を行うためには、牛に与える餌をオーガニックなものにする必要があります。そのため、家畜に与える飼料の多くを外国から輸入する日本では、オーガニック飼料を確保することが難しいため、オーガニック乳製品はとても珍しい存在です。カロン・ウェンでは、どのような牛の飼い方をして有機酪農を実現されているのでしょう?
ダイさん 有機酪農の乳製品を販売するためには、政府の定めた要件を満たす必要があります。例えば、エサであれば、牛が摂取するカロリーのうち、最低60%は牧草から摂取しなくてはなりません。私の場合、2月中旬から10月末ごろまで牛を放牧して、牧草を食べさせています。牧草以外のエサを与えるときでも、自分たちで育てた作物でつくるサイレージ(牧草やトウモロコシなどの飼料作物を乳酸発酵させ、保存可能にしたもの)を与えています。
自分たちで育てた草やサイレージだけで牛を育てるためには、作物に与える肥料が必要になりますが、人工的な肥料は一切使わず、牛の糞尿を再利用した堆肥を使用しています。また、土地の肥沃さを保つために牧草地で輪作を行うことも大切です。
私の場合の輪作のローテーションはこのような形です。まずは、ペレニアル・ライグラス(ホソムギ)やホワイト・クローバーを生やし、牧草地として5年ほど放牧をします。その後、マメ科のピー(エンドウ豆)やルピナスなどを蒔き、最後にイタリアン・ライグラス(ネズミムギ)、レッド・クローバー、フォックステイル(ホソノゲムギ)などを育て、これらをサイレージにします。ここまで終わったら、再び牧草地にして牛を放牧する。このサイクルを回すことで、土地の肥沃さを保ち、高品質な草を牛に与え続けることができます。
日本ではそれほど豊富な種類の牧草を与えることはできず、乳牛に与えるエサは穀物が中心です。ここに、国産品とは違う、カロン・ウェンの乳製品のおいしさの秘密があるのですね。
ダイさん その通りです。バターやチーズはフランスも有名ですが、フランスで乳牛のエサとして使われているのは、青々とした牧草ではなく干し草であることが多いようです。栄養価の高い新鮮な牧草を食べて牛が育つウェールズの乳製品には、フランス産とも違う美味しさがあると思います。
自然に生える牧草は季節によってその状態が大きく変わります。ですから、春草を食べた牛の牛乳から作るバターは鮮やかな黄色で栄養価も高くなるのです。日本の皆さんにもぜひ季節によって変わる乳製品の風味を楽しんで頂きたいと思います。
自分たち自身の牧草地で環境に負荷をかけずに育てたエサを牛たちに与えることで、サステナブル、かつ美味しい乳製品が生まれるわけですね。エサ以外に、牛の飼育で気を配っていらっしゃることはなんでしょうか?
ダイさん やはり大切なことは、牛が健康な状態で過ごせる環境を作ること。いわゆる、アニマル・ウェルフェア(動物福祉)に配慮するということです。我々は牛1頭あたりに与えるスペースを一般的な農場よりも広く確保しています。一般的には1ヘクタールあたり2.5〜3頭の牛を飼うところ、私の場合は1ヘクタールあたり1.6頭ほどしか飼っていません。また、放牧地のなかには悪天候の際に牛たちが避難できるシェルターをいくつか用意していますし、毎日、牛乳を搾る際に1頭ずつ健康状態を細かくチェックしています。
牛を飼う上で最も大切なことは、それぞれの牛のことをよく理解すること。そして、栄養価の高いエサをたっぷり食べさせてあげることです。こうすることで、牛は長い間、健康な状態で高品質な牛乳を作ることができます。事実、我々の仲間の農場で育つ牛は一般的な乳牛よりも長生きで、なかには20歳近くまで生きる牛もいます。もちろん、牛乳が搾れる期間はもう少し短いですが、それでも私の農場の場合は、5年から6年ほどは牛乳を搾ることができます。
日本では一般的に、1頭の牛から牛乳が搾れる期間は2.5年ほどとされています。それを考えると、やはりウェールズの牛が育つ環境は健康的であることがよく分かります。サステナブル、かつヘルシー(健全な)環境でうまれた乳製品を、ぜひ日本の多くの皆様にも手にして頂きたいと思います。ダイさん、今日はありがとうございました!
ダイさんのお話し、いかがでしたか? 今回、お話しを直に聞いて、カロン・ウェンの乳製品のおいしさの秘密がなんとなくわかったような気がします。高品質の牧草とアニマルウェルフェアへの配慮が、牛が生み出す生乳の高品質さにつながり、その乳製品のおいしさとなっているのだと実感したのです。本記事執筆の編集部でチェダーチーズメローを食べた時、あまりのおいしさに「これがノーマルタイプであるなら、エクストラマチュアはどんな味なのだろう!?」と驚いたことを覚えています。そして、エクストラマチュアの熟成された味わいの深みは、予想以上のものでした。また、カロン・ウェンのバターの味は、牛に穀物飼料を食べさせて搾乳した日本のバターと違い、牧草由来の甘やかな香り豊かで、べたつかないスッキリした上質な味わいで、魅了されてしまいました。日本では、チーズやバターなどの乳製品といえばフランスのものに視線が集まりがち。ですが、ぜひこの記事を機に、乳製品の品質に定評のある英国、中でも牧草の豊かさを誇るウェールズのことをもっと識って欲しいと思います。