サステナブル先進国ウェールズ ①

おいしさとサステナビリティを両立したウェルシュ・ラム

おいしさとサステナビリティを両立したウェルシュ・ラム

世界に愛されるウェルシュ・ラムのおいしさ

日本で仔羊肉(ラム)といえば、店頭でよく見かけるのはオーストラリア産またはニュージーランド産のものであることが多いでしょう。どちらの国のラムも特徴があり評価も高いのですが、こと羊を美味しく食べる文化に関しては、ヨーロッパの方が圧倒的に長い歴史を持ちます。なかでも英国は、羊の品種改良が盛んに行われた国であり、国民のラムへの愛情はとても深いのです。その英国において赤いシャンパンと称され、最高峰のおいしさと評価されているのがウェールズ産の仔羊肉、「ウェルシュ・ラム」。ウェールズ原産の伝統的な品種「ウェルシュ・マウンテン・ラム」の交配種を中心に豊かな牧草を食べて育ったラムは、英国王室の晩餐会でもメイン食材として扱われており、プリンス・オブ・ウェールズの称号を持つチャールズ皇太子殿下は2010年にウェルシュ・ラムをメニューに載せるレストランを集めた組織「ウェルシュ・ラム・クラブ」を立ち上げ、普及に尽力しているほど。ウェルシュ・ラムのおいしさは英国内のみならず、ヨーロッパ全域で高く評価されているのです。

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ウェルシュ・ラムは日本でも限定的に輸入されていて、そのおいしさは日本の羊肉好きたちからも称賛されています。日本における羊肉文化の普及を推進する羊齧(ひつじかじり)協会という民間の団体をご存じでしょうか。2019年に同協会が開催した「羊フェスタ」において、7カ国のラムを食べ比べるというイベントが開催され、その会場で行われたアンケートでは食感やうま味、羊の風味、脂分などの項目でウェルシュ・ラムが一位に輝きました。同協会の菊地一弘会長が、ウェルシュ・ラムの味わいの特徴について解説してくれました。

「ウェルシュ・ラムの特徴は『ヨーロッパの羊らしい繊細さ』と『羊独特の良い香り』が同居していることです。ヨーロッパの羊は基本的に肥育期間が短く、若い羊を肉にするため、柔らかくきめ細かい肉質になります。一方、羊肉の香りは草を食べるようになってから、その草の香りが脂肪部分につくことにより発生します。若い時期に出荷される羊はラム独特の良い香りが少ないことも多く、食べやすい反面、羊肉を食べている感覚が薄いという欠点もあります。その点、ウェルシュ・ラムは柔らかく、きめ細かいヨーロッパの羊の良さの奥に、しっかりと羊の香りもするのが特徴です。日本でも多くの人々に受け入れられる味の仔羊肉だと感じました。」

現在、日本では高級店を中心にウェルシュ・ラムが展開されているので、口にした人はそう多くないかもしれません。しかし、食べたことがある人は口を揃えて「こんなラムを食べたことがない」と言います。羊特有の臭みがなくよい香りがして、しっとりした食感を感じたのち、肉の濃いうま味が口中に拡がります。おそらく「羊肉が苦手」という人ほど、ウェルシュ・ラムを食べると驚きがあるはずです。

このように食材としての品質が高いと評価されるウェルシュ・ラムですが、誇ることができるのはおいしさだけではありません。ウェルシュ・ラムは第一級にサステナビリティを実現したラムでもあるのです。

仔羊肉とサステナビリティの素敵な関係

サステナブルなラム肉と聞くと、「おいしそう」とはつながりにくいかもしれませんが、ウェルシュ・ラムは第一級のおいしさとサステナビリティを両立したラム肉です。それを説明する前に、本来の羊肉の生産方法について識っておく必要があります。

羊は牛と同じ偶蹄類で、4つの胃袋を持つ動物。その胃には無数の微生物が棲んでおり、羊が食べる牧草の木質部を発酵させ、羊が消化吸収することを可能にしています。つまり羊は牛と同様、人が消化できない草を食べて乳を出し、肉となってくれるありがたい動物です。

ただし、とびきりおいしいラムとなるためには、羊が栄養価の高い牧草をたっぷり食べる必要があります。国や地域によっては、栄養価の高い草資源に乏しく、穀物中心の濃厚飼料と呼ばれる餌を与えて羊を肥らせたラム肉もあります。耕地に限りのある日本もそうですが、濃厚飼料を食べて肥らせた羊の肉は、牧草のみで育てたものとはまったく違う味わいとなります。その点、ウェールズでは豊かな牧草地が拡がっています。

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ウェールズの陸部の80%は永久草地と呼ばれ、果樹や野菜の栽培には向かず、牧草を生やしての畜産に適しています。そこに大地を潤す雨がたっぷり降り注ぐことで、潤沢な草資源が再帰的に生えてくれます。しかもウェールズは三方を海に囲まれた地形であり、潮風にのってミネラル類が大地に降り注ぐ。海水の塩分やミネラルが、羊の肉をおいしくすることは、フランスの有名な羊であるプレ・サレでも識られることです。ウェールズの多くの仔羊生産者が「牧草以外の餌など必要としない」と言っているのは、これらウェールズの地理的・地質的条件による基盤があるからなのです。

しかし、環境問題や気候変動問題に敏感な人なら「反芻動物の消化管から発生するメタンは、減らすべき温室効果ガスではないのか?」と思われるかもしれません。「牛のゲップ」で覚えている人も多いでしょうが、羊も牛と同じ反芻動物のため、消化管内の発酵によってメタンが生じます。これを減らしていくべきなのではないか、と思う向きもあるかもしれません。

ウェールズの畜産業界は、こういったサステナビリティの確保をしっかり行ってきました。Bangor Universityの研究によれば、仔羊一頭分を生産するために排出される温室効果ガスの世界平均は、CO2換算で仔羊肉1kgあたり37kgであるのに対して、ウェルシュ・ラムの排出量はたったの10~13kg。世界最小の排出量だといいます。豊かな牧草の生えるウェールズの草地が温室効果ガスを地中に固定化し閉じ込めているため、カーボンオフセットに寄与しているからです。

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出典:https://meatpromotion.wales/images/resources/HCC_2Pager_V4.pdf

また、ウェールズでは牛と羊をセットで放牧することもありますが、こうした放牧形態によって生物多様性が高まり、土壌の肥沃度が向上します。また、牧草地に入れる頭数も重要です。いくら豊かな放牧地といっても、そのキャパシティを超える頭数の羊を密飼いすれば、糞尿による水質汚染や土壌の劣化を招いてしまいます。その点、ウェルシュ・ラムの生産農家は驚くほどに密度の低い、牧草地の面積に比して少ない頭数の群を投入するのが普通。それはひとえに、彼らが自然環境の守り手として羊を育てているからです。

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さらに、ウェルシュ・ラムの生産者たちは農場の運営に必要なエネルギーを再生可能エネルギーでまかなうことに積極的な姿勢をみせています。こうした環境への配慮を積み重ねていくことで、羊肉においては近い将来に20.4%もの温室効果ガス削減が可能とみられています。

ウェルシュ・ラムは世界に誇ることができるレベルのサステナビリティを実現しつつ、優れたおいしさを持つ、夢のようなラムといえます。日本でもウェルシュ・ラムの輸入は拡大しつつあります。レストランでウェルシュ・ラムのメニューをみかけたら、ぜひご賞味ください。期待を裏切ることはないと信じています。

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